”日常のいたるところに、つねに死の影はひそんでいる。たとえば楽しいはずの気の会う友人たちと過ごす時間。だがすべてが終わり、友人たちが引き上げていったあと、テーブルのうえの宴の残骸を前にして、あなたはふと、なんともいいようのない虚しさに襲われはしないだろうか。

あるいは恋人と、ともに過ごす時間。しかし残酷な別離の時間は近づいてくる。その時間が楽しければ楽しいほど、そこに悦びがあればあるほど、ふと死の影を通りすぎるのを感じたことはないだろうか?

このように、死は日常のあらゆる場所にひそんでいる。~抜粋~

けれどまた、ひとはつねに死を意識しているからこそ、充分に生を満喫することができるのではないか。つねに死と隣り合わせにいるからこそ、濃密な生を思うさま楽しむことができるのではないか。つねに危機感、緊迫感と隣り合わせに生きること。ともすれば現代人はそれを忘れがちだ。”

 

・・・・・これは最近、書籍で買った歴史に関する書物のエピローグの一部です。

 

このニュースを見た時、この本のエピローグを思い出さずにはいられませんでした。

毎日、平凡な生き方、マンネリ、何でも、家族と今日も一緒に暮らせる

そんな小さいけど大切な幸せを噛み締めて、みな生きていると思う。

 

子供達の寝顔を見て、ダンナ様の寝顔を見て、今日もありがとうと感謝する自分。

いつ何があるかわからない・・・・・朝、家族を見送っても、その思いは常に心に秘めている。

だからこそ、価値感や見栄など、どうでもいい・・・・

みんなが今日も一日元気で無事でいてくれたら、と切に願う。

 

ニュースの浅尾選手も「ビーチバレーの妖精」と親しまれ人気がある方だが

彼女の悲しみ、心の痛みは彼女にしかわからない・・・・。

人気があれば、こういう内容までも記事にされなければないないのかと

マスコミも残酷なものだと思いました。

 

今は辛いと思う・・・・・だけど自分で決めたビーチバレーの道を妹さんの分まで

精一杯がんばって欲しいと思います。。。

 

 

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